放課後、高等部屋上で。
晶の言葉をもう一度確認して、優は重い鉄の扉を開けた。鍵は既に晶が開けておく手はずだ。
秀は用事を済ませてから来るから、優一人がこの広い空間を使える、はずだった。
「あ、」
弱い風に二束ほどの金の髪が、ゆらゆら、と揺れていた。
細い背中をこちらに向けて、フェンスの上に誰か腰掛けている。
優のこぼした声に気づいたのか、その体が器用に反転した。
ずいぶんと整った顔の人だった。よく見ると、碧くて大きな瞳が小さな光をいくつか湛えていて、あ、この人泣いていたんだ、と思った。
「ここ、使うの」
「あ、はい」
否定してあげればよかった、と言ってから気づく。
しかし、彼はそっか、と微笑んで、あっさりとフェンスから飛び降りた。
「あの、」
そのまま扉へと向かおうとする背に、優は無意識のうちに声を掛けていた。
「まだ、人が来ないから、」
振り返った彼はさっきとは違う作り物じみた笑みを浮かべていた。まるで、笑わなきゃならない、というような。
「ありがとう」
たんたんとした、抑揚だけのありがとうだった。
子どもが、精一杯背伸びしている。そんな風に思うのは、なぜだろう。
「そういうありがとうは、いりませんよ」
瞬間、空気がじり、と動いて、仮面がひとかけ落ちた。雫はただ、透明で円い。
目を見開いた彼は、ば、と目じりに手をやって、まばたきを繰り返した。
どうしてだか分からない、と驚いた顔を浮かべたままで。
「ねえ、君は好きな人っている、」
「友達なら」
「なにそれ」
涙をぬぐいながら、その人はくすくす、と笑う。先程よりもずっと、本物らしい笑顔だった。
「先輩はいるんですね」
「あーもう、勘がよくて嫌になっちゃうな」
あ、と思った時には、唇には息が触れていて、柔らかく重なった。
「ファースト? セカンド?」
触れあっている間は怒ってやろうと思っていたのに、茶化すような口調とは裏腹に、瞳が切なく揺れるから、言葉が次げなくなる。
「勘のいい君なら、解ってくれる、」
右手に固い感触。名札だった。
託されたのだ、と気づいた。自分では、思いを伝えられない事情があるのだ。
普通なら面倒なのに、優はゆっくりとうなずいていた。自分から仕掛けたことなのに、先輩はまた驚いた顔をした。
「ありがとう」
言い残して駆けていく背に、もう声を掛けなかった。多分、泣き顔を見られたくないのだろうから。
しばらく扉を眺めていた優は、ゆっくりと手のひらを両頬に当てた。
頬が熱いのは、太陽のせいだけじゃない。
キスのこと、秀には内緒にしておこう、となぜだか思った。

空が、あおい。