「なんで隆がここにいるんだ!?」
秀のかすかな吐息が耳をくすぐった瞬間、前の座席から聞こえてきた大きな声が、それを遮った。
優は秀と丸くなった目を見合わせ、声のした方を、そう、と伺う。
「……うるさい」
ため息混じりの言葉についで、兄さん、と咎めるような声が続く。
声の調子から、いつか秀の人形に仕込んだカメラに映っていた、高等部の生徒たちであると分かった。
黒髪の真面目そうな生徒と、その友人らしい黄色の髪の生徒、それからその弟だ。
「なんで先輩たちがいるのさ、」
「……さあ、」
答えながら、優は通路を挟んだ向かいの席をちら、と見た。
制服を着ていないため秀は気づいていないが、そこに座る二人の青年もまた、帝南の生徒だ。
「葉山先輩も、」
「ん、なに?」
「ううん、なんでもない」


名札を手渡すと、川口瑞穂、という生徒は難しい顔をして強くそれを握りしめた。
「なんで……」
掠れた息が、そう、言葉をなぞったのに気づいたのは、優だけのようだった。
彼の方をうかがっても、うつむいてしまってもう表情も読み取れない。
「あ、道野くん、」
その場の空気にそぐわない明るい声が、茶髪の生徒を呼んだ。
落ち着いた深い茶の瞳が印象的な教師だ。殿坂、と名前が掘られた銀のプレートを胸につけている。
銀色は、高等部の教師の証である。
「……なんですか、」
明らかに面倒そうな態度で応えた茶髪の生徒に、苦笑しながら殿坂は続けた。
「葉山くんのところに、行って欲しいんだ」
優は、その場の空気が、ざわ、と動くのを感じた。
「葉山は、退学なんじゃ」
道野の表情は硬い。
「そうなんだけど、いろいろ渡さなきゃならない書類なんかもあるんだよ」
「なんで、俺が」
それを聞いて、殿坂は川口に視線を向け、微笑んだ。
「川口くんも一緒に行って貰えるかな」
「は?」
「ほら、その右手」
「え、」
「先生、それなら、私が行きます」
今まで黙っていた副会長が、二人を遮るように進み出た。
「住川くんは、兎木夜くんがいるだろう。……それに、その方が葉山くんも喜ぶだろうから」
「僕も、そう思います」
気がついたときには口走っていて、優は、は、と口に手を宛てた。こぼれた言葉は戻らず、視線が痛い。
「……いいですよ、行っても」
ぞんざいな言い方で、承諾した川口の内心は読み取れない。
珍しく、少しだけ、少しだけ読み取ってみたい、と思った。
職員室へ向かった三人を見送り、廊下を見つめていた優に、黙っていた副会長が、低くつぶやくように行った。
「葉山には、関わらない方がいいですよ」


……関わりたいわけじゃなかったんだけどなあ。
思いながらも、わくわく、と胸が踊る感情に戸惑いながら、優は流れていく景色を眺めていた。

後悔よりこわいんだ